500円


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/10/06(木) 21:38:58 ID:9uqiOTMc
以前、会社の同僚に10万円を貸した。
貸したときから自分の金じゃないと割り切っていたが、
2年くらい経ったある夜、オレのアパートに全額封筒に入れて返しにきてくれた。
「遅れてゴメン、利息を付けたかったんだけど、とりあえず・・・」というので、
「じゃ、10万と500円で完済でいいや」って冗談のつもりで答えた。

彼は財布から500円分の硬貨を取り出し「ありがとう、ほんとに助かったよ・・・」、といって笑顔でオレに手渡した。
少し話をしてその夜は別れたが、部屋に戻ってからすごく後悔した。
彼の財布の中に札が1枚も無かったのが見えたからだ。

彼の困窮が両親と子供2人を抱えるの父子家庭であるからだということも知っていたが、
後悔したのは、500円というお金をまるで無価値のように彼に話してしまったことだ。

昼食をよく抜いてた彼。駅まで何キロも歩いて帰る姿もよく見た。薬局で1袋分の風邪薬を買ってるのも見た。
あのとき余分に500円さえあれば、牛丼も食えたしバスに乗って帰れもしたろう。
子供の誕生日に板チョコじゃなくて、ショートケーキくらい買ってあげられたのかも知れない。
それでも、10万円という大金を貯めて「ありがとう」といって返しにきてくれた。

彼とはしばらく付き合いがあったが、オレが転職して、結局、詫びる(?)方法もわからないまま音信不通になった。
あの夜以来、あまり人前でお金の話をすることはなくなったような気がする。

誠実で誇り高い彼の人生に、幸多からんことを事を・・・








2006⁄12⁄24 09:52 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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「むしろヒモじゃね?」


447 :おさかなくわえた名無しさん :2006/12/18(月) 09:44:03 ID:unhX6G77
冷めたというか、猛烈に凹んだ。

一昨日、一人で買いものに行き、歩き疲れて、
近くにあったファミレスで一休みしようと入ったら、
そこに彼氏と彼氏の友人達がいた。
そのファミレスは席ごとに小さな仕切りがあるので、
隣に誰が座っているかは覗き込まないと
分からないようになっていた。
驚かそうかと思い、近くの席で隠れていたんだけれど、
聞こえてきた話しが、最悪だった・・・。

彼は、仕事を数ヶ月前から辞めていたらしい・・・。(聞いてなかった)
理由は、「俺を上手く使えない上司と会社が最悪」だから。
私自身、普通の事務職なので給料が良いわけではないけど、
最近不況のあおりで会社が危ないと言う彼氏の言葉を
信じて、ご飯や買い物では私がお金を払っていた。
この先、結婚も二人で考えていたし、困った時はお互い様だと・・・。
仕切り一つ向こうで、ベラベラ”俺の”武勇伝を話す
彼氏が、トドメの一発。

「この話(仕事を辞めた事)は結納まで内緒にしとく。
 で、そのまま主夫になっちゃう。」
(年明けて、結納を予定してました・・・。)

そこで、彼氏の友人が「むしろヒモじゃね?」と言うと

「ヒモ、確かにヒモwご飯作って貰って、赤ちゃん作って貰って
 俺ウマー(←確かにそう言った)」

泣けた・・・。その場で「私は家政婦じゃねぇ、バイバイ」と
声をかけて別れた。元彼のビックリした顔と言い訳する顔は
笑えたが、冷めた状態通り過ぎて真っ白になった感じがする。








2006⁄12⁄22 09:48 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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100円ショップでアルバイトをしていた


798 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/04/02(日) 04:23:27 ID:ow6hnnF4
  数年前100円ショップでアルバイトをしていた。
  2〜3年勤めたので、常連さんとはけっこう仲が良かった。
  その常連さんの中に、あるおばあちゃんがいた。
  白髪で小っちゃくて腰が曲がっていて、
  カート?を押しながらゆっくり歩いてくる。そしてお気に入りの黒飴を2〜3袋買って行く。
  少し耳は遠いけど、いつもにこにこして可愛らしくて、
  来店頂く度に私もやたら買い物のお手伝いをしてしまったりしてたw

  しばらく楽しく働いてたんだけど、私は就職が決まってバイトを辞めることになった。


  すみません続きます


799 名前: 798 [sage] 投稿日: 2006/04/02(日) 04:50:32 ID:ow6hnnF4

  出勤日数も残り少なくなった頃におばあちゃんが来店されたので、
  少しの会話の後に辞める事を伝え、お礼を言い挨拶をした。
  おばあちゃんは「おめでとうね、頑張ってね」ってしわしわの手で私の手を握ってくれた。
  レジでお気に入りの黒飴を精算し、
  いつものように財布やらが入ってる小さいリュックを背負うお手伝いをした後のこと。
  ごめんねぇ、と言いながらおばあちゃんが泣き出した。
  昔、娘さんとお孫さんを同時に亡くして私にお孫さんの面影を重ねていたこと、
  私との他愛ない会話が嬉しいといつもおじいちゃん(旦那様)に話していた、
  と言って涙をぽろぽろ流していた。
  丸めたくしゃくしゃのティッシュで目頭を押さえているおばあちゃんを見て、
  私も店内に関わらずで泣いてしまった。







2006⁄12⁄05 10:51 カテゴリー: コメント(1) trackback(0)
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ク リ ス マ ス


1 名前:はぐれVIPPER[] 投稿日:2006/11/26(日) 22:24:17.74 ID:1mLOczoy0


   街 に あ ふ れ る イ ル ミ ネ ー シ ョ ン

2 名前:VIP村人d[] 投稿日:2006/11/26(日) 22:24:55.79 ID:upsbiOAy0



目 に あ ふ れ る 涙









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2006⁄12⁄04 18:22 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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「骨に腫瘍があるね」そう言われた。


666 名前: ほんわか名無しさん 投稿日: 2006/11/22(水) 17:06:00 0
半年前からずっと太ももの付け根が痛かった。

しかし仕事が忙しく、ようやく病院にいって検査したら、
「骨に腫瘍があるね」そう言われた。
 

 
 
レントゲンを見たら股関節の部分に腫瘍があるのが、はっきりわかった。
あんまりにもそれが大きいのを見て「こりゃ助からないな」と直感した。

そのくせ「ふーん、そうですか」とあっさりした台詞しか言えず、
なんでこんなに冷静なのか、どうして取り乱したりしないのか
不思議だった。

そのとき俺は「死ぬ」ってことを受け入れてしまっていた。

とにかく緊急手術が必要、と診断されたから、家に連絡の電話をした。
そして事情を淡々と話していたら母親が泣きだした。

「なんであんたみたいないい子が。あたしが代わりたい」

ってめちゃくちゃに泣きながら言われて、絶句した。

代わった父親も「嘘つくな!」って
怒鳴りながら泣いているのがわかった。
そのとき、ようやく俺も泣いた。泣くことができた。

死ぬことが嫌で泣いたんじゃなくて、
親を泣かせたことが情けなくて泣いた。


667 名前: ほんわか名無しさん 投稿日: 2006/11/22(水) 17:09:30 0
昔から体が弱くて、喘息の発作を
しょっちゅう起こしていた俺を抱えて病院に駆け込んでくれたこと。

アレルギーがひどい俺のために、いちいち別に料理を作ってくれたこと。

気弱なせいで俺がいじめられていたと知ったときに
学校に怒鳴り込んでくれたこと。

いつも俺を抱きしめて「かわいそう、かわいそう」と泣いてくれたこと。

ずっと感謝してきた。
だから俺もできることは何でもやって、
早く元気になろうって思ったから、高校くらいからは
風邪一つひかない体になった。

「人間健康がいちばん」と笑顔で言う両親を見ると
親孝行してるような気持ちになって、訳もなくうれしかった。

なのにまた泣かせることになった。
もう子どもじゃないのに泣かせてしまったことが
悲しくてたまらなくなって、顔をグシャグシャにして、
「ごめん」って謝りながらボロボロ泣いた。


668 名前: ほんわか名無しさん 投稿日: 2006/11/22(水) 17:11:17 0
そのあと病院に両親がやってきて、みんなでまた泣いた。
「死にたくないよ」って泣く俺を、父と母は泣きながら抱きしめてくれた。

その時これ以上泣かせたくないと思った。
ようやく「死にたくない」って心の底から思えた。

手術は半日かかった。
治療やリハビリは何度も投げ出したくなった。

でも親を泣かせる辛さやみじめさよりは
マシだと思ったから歯を食いしばれた。

そして、この間「もう再発の危険はない」と言われた。

仕事にも復帰したし、脚も前みたいには動かないけど
軽い運動ならできるくらいまで回復した。

一人じゃ頑張れなかった。
親がいてくれたから、まだ生きることを
神様に許してもらえた、そう思う。

ありがとう。







2006⁄11⁄29 18:03 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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お爺ちゃんが亡くなったこと


985 :おさかなくわえた名無しさん :2006/05/27(土) 08:19:05 ID:TKHeWSJw
お爺ちゃんが亡くなったこと。

生まれてからずっと一緒に生活してきて、毎日色んな料理作っては「うまいか?」ってニコニコしながらすすめてくれ、
弟とケンカした時は喧嘩両成敗してゲンコツする良いお爺ちゃんだった。
私が中学の頃に糖尿病を患って脳梗塞で倒れ、それから数年数十年かけて日に日に悪化していき、
遂には右足を切断して車椅子生活になった。
それでも泣き言一つ言わずに自宅で、トイレからご飯からやれる事は全て自分でやっていた。

だが、今から2年前に肺炎にかかり入院してしまった。
それからすぐ私も同じ病院で入院して、よくお爺ちゃんの病室に遊びに行った。
嬉しそうに「孫だよ」って看護婦さんに言っていた。
私も同じ病院の病棟にお爺ちゃんがいるだけで嬉しかったし、すごく安心した。
私が退院して、お見舞いに折り紙でお花を作って持っていった。
嬉しそうに頷いていた。

でもそうは長く続かなかった。
ある夜、眠れず起きていたら叔父から携帯が鳴った。
「落ち着いて聞いて欲しい、お爺ちゃんが今亡くなった」
どうやって病院に行ったか分からないが、既に病室にはお爺ちゃんが機械を外されて目を閉じていた。
周りには親戚が集まっていた。
『もう私の名前を呼んでくれない、笑ってくれない、会えないんだ!!!』って思うとワンワン泣いた。
その夜、不思議な夢を見た。
明るい暖かな日差しの入るリビングで、お爺ちゃんがニコニコして座っていた。
「お爺ちゃん!!」っていうと、にっこり微笑んで「49日までは、ここにいるからね」って大きな手で頭を撫でてくれた。
その話しを家族に話すと弟も見たと話し、またワンワン泣いた。

ただ唯一、私の結婚式で花嫁衣裳を見せられた事だけは良かったと思う。
お爺ちゃん嬉し泣きしてたんだ。








2006⁄05⁄29 07:58 カテゴリー: コメント(0) trackback(1)
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いままでおまいらがへし折った恋愛フラグ。


1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/05/06(土) 08:09:16.21 ID:zyzrWcZ/0
語ってくれ・・・・。




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2006⁄05⁄09 01:11 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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友達いっぱいで毎日楽しい


332 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2006/04/25(火) 22:06:59 ID:X8VzOZGS0
おさかなくわえた名無しさん:2006/03/31(金) 22:45:42 ID:m9xn3nnJ
何かさ、孤立してるのが親にバレちゃうのってむちゃくちゃいたたまれないよね。
うちは母親が小中高大と友達に恵まれたらしくて、すごい楽しい学校生活だったって
話を聞かされてたから余計に孤立してることが恥ずかしくて、色々策を弄して
「友達いっぱいで毎日楽しい☆」って振舞ってた。
けど、よりにもよってクラス参観の時に「はい二人組つくってー」があって当然のごとく
孤立して、クラスメートの母親は勿論、自分の母親にも孤立してるのがバレた。
授業参観が終わって学校から帰ってきたら、先に帰ってた母親が泣いてた。

理由を聞いたら、「わたしの子どもの時と全く同じだ。お前が友達できないのはわたしの遺伝だ。
本当に申し訳ない」だって。
実は母親もずっと孤立人生を歩んでて、でも子ども(私)にそんなこと言えるはずなくて
事実とは違う、自分の憧れてた学校生活を話してたらしい。親子で号泣したよ。







2006⁄04⁄26 21:00 カテゴリー: コメント(0) trackback(0)
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